連日報道されているようですが、懸念していた事が現実のものとなってしまい、とても悲しく思っています。

フィギュアスケートの、浅田舞さん・真央さん姉妹のお母様がお亡くなりになりました。

つつしんでお悔やみ申し上げると共に、心よりご冥福をお祈り致します。



真央ちゃんは、お会いした事もお話した事もありませんが、数あるスポーツ等の中で、今、唯一私がファンだと言える人です。

だから彼女の演技を楽しみにしているし、癒しを貰事に感謝をしています。
応援もしています。
競技会場にも観に行きます。

そんなどこにでもいる、小さなファンの一人に過ぎませんが、この度の現実はあまりに過酷だと、涙が止まりません。

親との別れはいつかは訪れるもの。

そうはわかっていても、現実に直面すると辛いでしょう。
しかも、お嬢さんたちもお母様も、まだまだお若すぎる・・・



家族や大切な人との別れは、本当に辛く悲しいものです。足元が崩れていくような感じで。

その傷は一生癒える事はないでしょう。

それでも人はいつか、どこかで自分の気持ちに折り合いをつけ、生きていきます。
いえ、生きていかなくてはいけないと表現した方が近いのかもしれません。

間違っているかもしれないし、思い込みかもしれないけれど、亡くなった人とはもう話が出来ませんから、

「きっとこうに違いない」「これを望んでいるはずだ」と、

何かしら理由というか言い訳というか、自分を納得させる事が出来るような何かを見つけて、無理やりにでも見つけて生きていきます。

そういうものでもないと、生きていけない・・・



彼女にはスケートがある。

お母様と自分を、より一層強い絆で結んでくれたスケートが。

これは、彼女を大きく支えてくれると信じています。



本当に悲しいときは、感情って一瞬ストップしてしまうと思います。個人差はあるでしょうが。

そして人間は、悲しんで泣いてばかりいるよりも、何か他の事をしていると、不思議と気持ちが紛れ、乗り越えられてしまう事があります。

それは、根底から悲しみが癒えている事とは違いますが、少し現実に向き合える心のスペースを生み出してくれると思っています。



スケート人生=お母様との絆、という面もあると思いますので、今スケートをする事は、却って辛いかもしれません。

何をやっても辛さからは逃れられないと思いますが。

それでも、支えてくれる何かがあるのは、恵まれています。そう信じたいです。



大切な方との別れに直面した方の心情は、その方にしかわかりません。

だから、彼女達の心情をあれこれ想像したところで、それは無意味であり、無力だと思っています。



私が考える、一ファンとして出来る事。

ただただ待つ。

ひたすら待つ。

彼女がリンクに立つ時に、ひたすら応援する。演技を見届ける。

それくらいしか出来ません・・・




全日本に出ると発表があり本当に驚きました。

さすがに欠場かな、と思っていました。

強いですね。立派です。

でも、今は何かしている方が却っていいかもしれません。

母の為にもスケートを頑張ると、自分を鼓舞する事で、立っていられるのかもしれません。


全日本。

頑張れとは言いません。

もう十分に頑張っていると思うから。

出場するだけでも十分に頑張っていると思うから。



メディアは、是非過度な報道、特にお涙頂戴という方向性の報道は控えて頂きたいです。

どんな組織、仕事、民族であっても、人の死には真摯に向き合うべきだと思います。



無意味に過去の映像と照らし合わせて、実はあの時のこれはこうだったのでは?とか、

あの時にもっと違う色のメダルを・・・

とかいう、憶測を含めた、物語仕立ての報道はやめて頂きたいものです。



過去の事をどうこう言っても、もう何も変える事は出来ません。

真実もわかりません。

それを探ったところで、意味もないし、そんな事は他人には関係のない事で、当事者同士が理解しあっていればいい事です。



叶わなかった夢、とか言われても、もうどうする事も出来ません。

お母様が生きてソチオリンピックをご覧になる事はもうありません。

そんな悲しい、むごい現実を、敢えて誇張する必要はどこにも感じません。



今ある現実。

20代の若い姉妹が、40代のお若いお母様を亡くされ、ご家族やご親族は悲しみに打ちひしがれている。

という事です。

心ある対応を臨みます。



まだまだ毎日心がざわついているので、まとまらない文章でごめんなさい。



お母様が闘病の苦しみから解放された事は、ご家族にとっての救いでしょう・・・。


今年は震災もありました。

もう悲しい事はたくさんです・・・